

これまでずっと、僕は頭の中で画像や映像を思い浮かべることがほとんどできない、一方でpinoはそれができるし、そういう記憶の仕方をしている、はじめはそれにびっくりして、だから絵が描けるのかと驚いた、みたいなことを言ってきたのだけど、どうやら僕みたいな特徴の人を「アファンタジア」と呼ぶらしい。最近知った。
例えばネコを思い浮かべてと言われても、なんとなくぼんやりは出てくるが、つかみどころはなく、すぐに溶けてしまうというか、イメージが逃げていく。もちろん立体像を思い浮かべて回転させたり、展開図をイメージするのもむずかしい。(よく学生時代の数学を乗り切ったな)
こういう経験を踏まえて、ヒトって思ってる以上に頭の使い方が違うものなんだよと思い、そういうふうに周りを見てきたのだけど、やっぱり分類する言葉があるんだな。
で、そういう分類の言葉を知り、しかも自分がそこに所属する場合というのは、「やっぱり他にもたくさん似た人が居るんだよ」という安心感もあるんだけれど、同時に「分類されてしまった」という居心地の悪さもちょっとある。
それは、これまであくまで「傾向」として捉えられていたものが「こういうもの」と決められてしまったと感じるからかもしれない。
それこそ、男だからとか、関西出身だからとかで、「こういう傾向があるよね」と見られるのは(個人の中の統計データに基く予想なので)ぜんぜん構わないけど、男だから関西出身だから「こうだよね」と言われると、いやいやそうじゃないよ、と言いたくなるのと似ている。
分類によって、相手を知ろうとする余白がなくなる感じかな。
こういう問題はあらゆる方面で起きていると思うし、自分も他の分類に対しては気をつけるべき側でもあるのだけれど、今回のことでたぶん初めて、「あ、分類されてしまった」という感覚になった。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。「分類」だけでものごとを見ると、必ず「わかった気」が含まれている。
| 記念日 | コックさんの日 |
| 元号 | 令和8 |
| 和風月名 | 水無月 |
| 二十四節季 | 芒種 |
| 七十二候 | 蟷螂生 |
| 六曜 | 赤口 |
| 旧暦 | 4月21日 |

