2026.6.24(水)

ジェンダー的な話

栄養士が参考にする栄養素のガイドラインに、「食事摂取基準」というものがある。ざっくり言うと、各栄養素について、どれくらいの量を摂取すればいいのかという値が、性・年齢区分別に載っている。先日pinoと、ここに登場するたんぱく質について話していたときのこと。

ふつうは、表の中にある自分が該当する部分(性別と年齢区分が交わるところ)に載っている値を参考にするのだけど、せっかくその算出式を勉強したのだからということで、pinoが自分の体重を入れて計算し、その結果出た値が「44.7g」だったと教えてくれた。

ここで僕は、(さすがに少なすぎるだろう、なにか計算ミスをしているのではないか?)と反射的に思ってしまった。けれど確かめると、あっている。

どういうことか。
食事摂取基準のたんぱく質の表には、たくさんの値が載っている。すべてを暗記することはなかなかできない。だから僕が初めてこの表を勉強したとき、とりあえず自分が該当する部分(当時20歳代・男性)の値「65g」を基準に覚えていた。だからその感覚でいうと、「44.7g」は不足の値であり、実際、20~30歳代男性で考えると、あきらかに少ない。

でも、改めて表を見ると、pinoが該当する部分の値はもともと「50g」であり、より厳密に現在の体重を入れて計算すると「44.7g」は正しい値といえる。

これが解決したとき、自分の先入観に、「あぁジェンダーすぎる…!」とつっこんでしまった。

たしかに僕が初めに覚えようとした値は、全体像をつかむために、自分的には正しい値だ。けれど、それを基準にすべてを判断するのは誤っている。今回は栄養素量の感覚の話だったけど、こういうことがあらゆる側面であるんだろう、と実感した。
同じ話をし、同じ指標を見ているのに、実は立場が違うから、正しさの判断軸が違っていて、反射的にそれはおかしくない?と思ってしまう(今回の話も、逆の立場だったら、「それは多すぎるだろう」と思っていたかもしれない)。身近なところでもこういうことがあるのだ。

すべての物事をはじめからフラットに見る事なんてできないし、違和感を感じるセンサーも必要なことが多いけど、否定の前には一瞬考える余地があるぞ自分、と思ったできごと。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。アンガーマネジメントみたいに、ディナイ(否定)マネジメントとかないのかな。

記念日UFOの日
元号令和8
和風月名水無月
二十四節季夏至
七十二候乃東枯
六曜友引
旧暦5月10日

おたよりはこちらから。 
📮まぴ家のポスト  LINE