

ヒトは、忙しい日々のリフレッシュのために、自然を見に行くということをする。山でも海でもいいし、登ったり泳いだりせずただ見るというだけでも、立派なリフレッシュになっていると思う。ではどうして、わざわざ自然を見に行きたくなるのだろうか。先日高い山を見に行き、そんなことを考えていた。
もちろんその魅力については、いろいろな種類があるのだろうけど、ひとつ、「向こうから語りかけてこない」ということはありそうだ。
都市で生活していたり、日常的に様々なメディアに触れていると、どんどん向こうから情報が投げられてくる。その多くは今必要なものではないので、無意識のうちに判断して捨てている。
一方で自然は、様々な情報を持ってはいるけれど話しかけてこないので、こちらから問い、拾いにいかないといけない。例えば「きれい」という感想であっても、べつに自然はそれをアピールしているわけではないので、こちらが拾った情報だ。
この、選んで捨てると選んで拾うという逆の行為が、リフレッシュになっているのではないかと思う。
そういえば子供の頃「拾う」と「捨てる」の漢字を習ったときに、「拾うより捨てるの方が画数が多いのか、実は拾うより捨てる方が労力がいるんだな」みたいにして覚えた記憶がある。
広告がない自然という環境に触れ、なにかを感じることが既に、いつもとはぜんぜん違う行為をしているのだろう。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。説明されないことのおもしろさってあるよね。
| 記念日 | かいわれ大根の日 |
| 元号 | 令和8 |
| 和風月名 | 長月 |
| 二十四節季 | 白露 |
| 七十二候 | 玄鳥去 |
| 六曜 | 先負 |
| 旧暦 | 8月8日 |


