

例えば、この日めくりカレンダーの過去の投稿をすべてAIに読ませて、「僕っぽい文章を書いて」と指示すれば、僕が書くようなことをうまいこと仕上げてくれる。文章じゃなくても、イラストや音楽でも、その人が過去に作った学習データがあれば、作った本人も読み手も判断がつかない似たものができる。もうそういう時代らしい。
少し前から、画像や動画の生成AIが広まったことで、ネットで見かけるものに対して「これはAIか?」と考える手間が増えた。これまでだったら即座に感想をいだけたものも、いまは「AIの可能性もあることを踏まえて、」と思ってから感想をいだかないといけなくなった。
ということは、そのうち個人が発信しているものに対しても、「これは本人が作ったものか」「本人の学習データをもとにAIが作ったものか」を意識しないといけなくなりそう。
(使ったことはないけどLINEの返信もAI補助があるから、そのうちコミュニケーションツールは、各自のAIがやりとりするみたいにはなりそう。)
という前提がみんなに広まった社会で、「日記書いてます」「イラスト描いてます」「よかったら見てください」と言ったとき、これは実際に本人が書いているという信用は、どうやって生まれるのだろう。
アイデア出しやフィードバックにAIを使うとかはぜんぜん良いと思うのだけど、実は学習データを元にまるごとAIが書いてます、と言われると、(今の感覚だと)さすがにガッカリが含まれる。
そう思われないように、「これは本人が作っているだろう」という信用は、どうやって生まれ、どういう部分で判断されていくのだろうなぁ。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。ちょうどよいヘタさ、とか?
| 記念日 | 世界ペンギンの日 |
| 元号 | 令和8 |
| 和風月名 | 卯月 |
| 二十四節季 | 穀雨 |
| 七十二候 | 霜止出苗 |
| 六曜 | 大安 |
| 旧暦 | 3月9日 |


