

例えば1,500円の新刊本を買って、それをそのまま売りに行ったら500円になったとする。このときの差額1,000円って、なんなのだろうと思った。いや、もちろん、経済とか市場とかの視点では説明されうるんだけど、もっと個人的な感覚でみたときの話。
だって、1,500円のものが一瞬だけ自分を通すことで1,000円落ちるわけだ。別に汚してなくても。ある意味で不思議だなぁと思ってちょっと考えたのだけど、これは自分がこれから得ようとするべき価値の分量じゃないかなと。
本の場合だったら、読んだり見たりして、学んだり考えたり気づいたりして、自分を通すことで減ってしまう価格的な価値を、自分用の価値に変換しましょうよ、という目安のような感じ。食べる行為における「吸収」であり、その吸収率の目安。それを能動的にしましょうよ、という合図。
だってそうじゃないと、定価の1,500円は高すぎることになる。明らかに高値でつかまされているなぁと思ってしまう。(経済的な話ではなく)
べつに本じゃなくても、趣味の範囲の買い物であれば、同じように言えそう。もしかしたら「元をとる」とは、こういう差額を埋める、もしくは超える行為のことを言うのかも。
一方で、レビューありきというか、評価するだけの感覚でいると、さっきの差額は、無価値の分量になる。これだけ水増ししていますよ、という指標になってしまう。これじゃぁ趣味はつまらない。
以前どこかで、「自分が本気で欲しいと思っているものは、すでにそれだけの価値を感じているのだから実質タダ」みたいな言い回しを聞いたことがあって、おもしろいなぁと思っていたけど、そういう特別な対象じゃなくても、買ってからタダに近づけることはできるし、そういう行為を趣味と呼ぶのかなぁと思った。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。今年度の日めくりカレンダー「こむずかしいで賞」狙ってます!(笑)
| 記念日 | ミツバの日 |
| 元号 | 令和8 |
| 和風月名 | 弥生 |
| 二十四節季 | 春分 |
| 七十二候 | 桜始開 |
| 六曜 | 大安 |
| 旧暦 | 2月7日 |

