2026.2.12(木)

情報の過程という情報。

ちょいちょいスコーンを作るのだけど、今のレシピをどうやって決めたのかというと、まず図書館でスコーン本を何冊か借りてきて、いろいろ載っているレシピをエクセルにまとめて、各材料のだいたいの範囲(上限下限)を把握して、とりあえずその中央くらいの分量で作ってみて、作りながらちょっとずつ自分好みに変えていく、という流れだった(今もまだ変化の途中)。

そんなことを話すと、「ふつうはレシピ検索して、出てきた分量で作るんだよ」とつっこまれた。たしかにその通り。なんなら、今ならAIに聞いたら自分好みにアレンジしたパターンをいくつか提案してくれるだろうよ。

たしかにそうなんだけど、でもなんでそんなめんどうな流れになったかというと、作ろうとしているレシピという情報の、過程という情報がほしかったからだと思う。

思えば、そもそもスコーン本に載っているレシピ自体が、いろいろな過程を踏まえた結果なので、とっくに信用できる情報ではある。でも、自分はその載っているレシピという結論しか知らない。結果という情報はあるけれど、過程という情報は不足している。

この、過程という情報の不足は、趣味における「たのしさ」をけっこう削ると思う。

今回の場合だと、自分好みのスコーンを作って食べたい!という遊びなので、「このレシピがおすすめ」「たしかにおいしい、これでいっか」では、ちょっと満足できないというか、そういうことじゃないんだよぉ、となる。

調べればたくさんの結果に出会えるという環境は、そうとう便利なんだけど、趣味のたのしさから考えると、情報の過程という情報が不足している、とも言えるのかも。言い換えると、「過程づくり」という楽しさの割合は、けっこう大きいと思う。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。今は「むしろ有塩バターの方がうまいのでは?」となっている。

記念日レトルトカレーの日
元号令和8
和風月名如月
二十四節季立春
七十二候黄鶯睍睆
六曜赤口
旧暦12月25日

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