2026.6.18(木)

一万字を超える一言

小説初心者として、試しに短編小説を読んでいるのだけど、その中の一作を読み終わったあと、ただただ「なんか気持ち悪いなぁ」という感想だけが残ったものがあった。
特に示唆深い何かがあるわけでもなく(気づいてないだけかもしれないが、わからなかったという意味でないものとする)、わかりやすいオチがあるわけでもなく、全体的に人の気持ち悪さが集まっていただけで、なんだこの話は?となった。

なったのだけど、でもこれって、「つまり」とか「要するに」とか、そういう一言で言えないもの(今回でいうと、なんとなくみんながちょっとずつ持っている人としての気持ち悪さ)を書いているということなのか、とも思った。そりやぁ、一言で言えるなら、一言で言うよな、と。

僕はずっと、小説とはストーリーを楽しむものだと思っていたので(だから興味がわかなかったのだけど)、要約できないこと、もしくは各読み手が要約してできあがるものが書いてある、と思ってもいいのか。(読み慣れている人からすると、やっとその段階?と言われそうだが笑)

そう思うと、小説的な表現によるコミュニケーションとは、一種の新しい言語のようにも思える。同じ日本語なのだけど、文法というか意味の乗せ方や交換回数といったルールがぜんぜん違う、別の言語。小説を読んだり書いたりするときというのは、感覚的には新しい言語を覚えるようなものなのかもしれない。

だから、小説が書けるかどうかは、センスとか才能という以前に、その新しい言語の表現方法を練習(勉強)したことがあるかどうかだけ、のような気もする(明らかに素人なので大きく出ているが)。

会話だったら絶対に成り立たない「一万字を超える一言」を使えるか、受け取れるか。そういう考え方で触れるのもありなのではないでしょうか。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。だったらフィクションであることにも納得がいく。

記念日おにぎりの日
元号令和8
和風月名水無月
二十四節季芒種
七十二候梅子黄
六曜友引
旧暦5月4日

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