

はじめてちゃんと麻雀のルールを覚えようとしている。友だちとゲームで遊ぶため。
チーとかツモとかロンとかドラとか、まだすぐに用語と中身が一致しないのだけど、できることややろうとしていることはわかってきた。
(それにしても麻雀って細かいルールと配点が多すぎないか!?)
こういうゲームのルールって、わからないときはほんとにわからないのに、わかっちゃうと逆にわからないことがわからなくなる。かと言って、すぐにうまく説明できるレベルにはいけない。(サッカーのオフサイドとかがそうだった。)
わかりやすく、「わかった気になっている」状態だ。
こういうときって、ちょっと心地よさがある。明らかに最初のハードルを超えた感じがあるし、こうすればいいんじゃないか?という自分なりの仮説も出せるようになる。
ゲームって、最初にやってくるルールを覚えるという段階にも、けっこうな楽しさがつまっているし、これは一回しか経験できない。新しくゲームがうまれ続けるのには、こういう理由もあるのかな。
一方で、遊びのルールではないものに対して「わかった気」になるのは、あまりよろしくない。当たり前だ。けれど、わかった気になることの心地よさみたいなものは、変わらずある気がする。
最初のハードルを超えて「こうじゃない?」と自分の仮説が言えることはおもしろいし、だからあらゆるジャンルにおいて、そういう意見がいっぱいある(はず)。関わり方によっては、警戒しないといけない部分だ。
久しぶりに「ちょっとわかった気」になり、楽しくもあり、注意深くもなっている初心者です。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。点数計算は機械がないとムリじゃない…?
| 記念日 | 食堂車の日 |
| 元号 | 令和8 |
| 和風月名 | 皐月 |
| 二十四節季 | 小満 |
| 七十二候 | 蚕起食桑 |
| 六曜 | 赤口 |
| 旧暦 | 4月9日 |

