

インターネット上に文章を載せるということは、ほぼ自動的に「不特定多数に向けたもの」という前提に乗り、「できるだけたくさん読まれることが成果」という雰囲気を感じる。というより、どのプラットフォームで発信しようが、たくさん読まれている人がモデルとなり、それに続こうとする流れがあるし、必ずいいねの数や閲覧数がカウントされる。
それはぜんぜんいいのだけれど、たとえインターネット上であっても、ひとりとか、特定少数の人のために書く、みたいな気持ちはもっとあってもよさそうだ。(鍵アカウントみたいに囲ってしまうのではなく、公開された状態で。)
読み手からするとその区別はできないし、内容の方が大事なのだけれど、書く側のそういう気持ちを奪わないことは、読む側の心地よさを上げることにつながるはず。ほら、ゴッホの手紙とか、今の僕らが読んでもおもしろいわけだし。
もちろんプロは、ありとあらゆる読まれる工夫をすることが必要だと思うけれど、そうじゃないものに関しては、「たくさんの人に読まれようとしすぎている文章」より、「少数であってもちゃんと役割を担っている文章」に、もっと触れたいなぁと思った。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。ZINE(個人が作る小冊子)とかって、そういう役割がある?
| 記念日 | こどもの日 |
| 元号 | 令和8 |
| 和風月名 | 皐月 |
| 二十四節季 | 立夏 |
| 七十二候 | 蛙始鳴 |
| 六曜 | 先負 |
| 旧暦 | 3月19日 |

