2026.4.3(金)

余韻がほしい。

録画していた朝ドラ『ばけばけ』を最終回まで観た。最後の週もおもしろかった。テーマがわりと日常系ということもあり、これまで観た朝ドラの中で、いちばん好きだったなぁ。自分の好みと一致した。

本編を観終わったあと、スピンオフドラマと出演者のインタビュー番組があることを知り、それも観た。ちょっとした振り返りとか、思い出話があり、「そういうこともあったなぁ」とか「ここよかったなぁ」とか、最終回のあとの余韻を楽しんでいたのだけど、もしかして、余韻って本編と同じくらい楽しい時間なのでは。

初めて観るときは、それこそドラマという刺激に対する反応がメインにくると思うのだけど、余韻に浸って振り返るという時間は、反応した自分もそのドラマの一部になっていて、内省するような楽しさがある。もし一緒に観ている人がいたなら、その人も登場人物くらいの同士感がある。

一方朝ドラという枠でみると、もうすでに次の物語が始まっていて、半年間付き合った今作も、翌週にはもう過去作になっている。もちろん提供者側からすると正しいリズムだと思うけれど、受け取る側からすると、一ヶ月間くらい余韻の時間があってもいいなぁと思ったりもする。

よく、今はコンテンツの供給が過多で、個人の時間の奪い合いになっていると言われるけれど、余韻なんてものは、まっさきに空いている時間として扱われたんだろうなぁ。(多くのSNSなんかはまさに、いかに余韻を作らないかという構造だ)

たぶん、以前は受動的に訪れていた余韻というものが、もう今は能動的に作らないと味わえないものになったんじゃないか。読書会みたいなものが流行るのも、余韻を作る場としての役割があるんじゃないか。そんなことを思った。

いろいろなコンテンツの総摂取時間よりも、その人が味わっている総余韻時間の合計の方が、エンタメにおける豊かさ指標になるんじゃないかな。

今日もお越しいただき、ありがとうございます。よいん会みたいなのないかな。

記念日いんげん豆の日
元号令和8
和風月名卯月
二十四節季春分
七十二候雷乃発声
六曜大安
旧暦2月16日

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